付録D 人間関係のプロセスのための救急蘇生法の2つの事例
最も重要なのは、火の中をいかにうまく歩くかだ
-チャールズ・ブコウスキー
シナリオ1
最初の例は、ジルとケイトという姉妹に関するもので、2人は子供の時から仲が悪かった。
ジルは3歳年上で大変成功した弁護士だ。ケイトはいつも自由人のアーティストだ。
現在2人は40歳代に入り、お互いほとんど言葉を交わすことはないが、話すとしばしばひどい口論になってしまう。数カ月前、彼女たちの父親が亡くなった。
ジルは自分のたったひとりの妹と関係を断っていることを悲しく思ってきた。彼女は妹とつながり合いたいと切望していた。
人間関係のステップのための救急蘇生法を学び、妹に電話をしておしゃべりに誘ってみた。
ケイトが着いた時、2人とも緊張し身構えていた。しかし、ジルは、自ら武装解除することを思い出し、ツールを実践してみた。
つまり、おなかからゆっくりと呼吸をしてなぜ妹がそんなに怒っているのかを理解することに専念した。
ジル(オープンなボディランゲージと温かな微笑みを心掛けながら):ケイト、今日は来てくれてありがとう。
ここに来るのが簡単なことではなかったことはよくわかっているわ。パパが亡くなってからというもの、私は私たちの仲が良くないことをずっと悲しく思ってきたの。
ケイト(ジルの言葉を遮り):私たちの仲が良くなかったのは、あなたが私の言うことに耳を傾けてくれなかったからよ。
いつも私にこうすべきだとか言って、私のライフスタイルを決して認めてくれなかったわ。
ジルは自分が、気が動転しそうになるのに気づき、思った。「ほら、まただわ。」彼女は歯を食いしばり頭に血が上るのを感じた。
しかし、人間関係を強固にし、妹を理解するという自らの誓いを思い出した。彼女は自分を落ち着かせるために人差し指の爪を親指の甘皮に押し付けた。
ジルはケイトの勢いに対して自分も同じ勢いで応じることはしなかった。代わりに、心からの関心をもって妹を武装解除し始めた。 これは、対立からチャンスへの転換の始まりだ。ここでジルはケイトの感情と怒りの奥底にある表現さていない真実を探し求めた。
ジル(オープンエンドの質問を使いながら):ケイト、私の行動があなたにどんな影響を与えたのかしら?
ケイト:あなたは私を、自分がちっぽけな人間であるかのように思わせるわ。
私がまるで自分で何にも決められない人間かのように、私を子供扱いするのよ。
ジル、あなたにはコントロールとパワーの問題があるわ!あなたは自分だけが正しくて、自分は何でも知っていると思っているのよ!
あなたがそんなに何でも知っているのなら、何であなたの人生はそんなにメチャクチャなの?
2回の離婚、仕事のほかには本当の生活なんて何もないじゃない!?
ジルは批判されたと感じたが、自分の武装解除という原則を貫き、彼女の側から非難の一斉射撃をすることは控えた。
ジル:私はあなたの言うことを本当に聞きたいと思っているし、あなたが言わなければならないことを聞くわ。
ケイト:聞くですって!あなたが誰かの言葉に耳を傾けたことなんてあったかしら?
だからジョンはあなたの元を去ったんじゃない!それが、あなたが仕事で大きな問題を抱えた理由でもあるじゃない!
ジルは自分の緊張が高まるのを感じたので、しばらくの間深呼吸して、言い返したい、もしくは自分の心を閉ざしたいと思う気持ちを抑えこんだ。 彼女は妹の挑発的な言動に巻き込まれないようにすることを思い出した。 ジルは言い訳や否定もせず、防衛的に反応することもしなかった。妹に挑む姿勢を示さないことで安全という感覚を生み出した。 代わりに、ケイトが溜め込んだ感情を発散して怒りを放出できるようにした。
ジル(自分の握り拳をゆるめ、食いしばっていた歯もゆるめ、穏やかな目でもって): 過去に聞いてもらえなかったから、私に対してとても怒っているのね。 そのことはとてもよく分かったわ。でも今は心からあなたに耳を傾けたいと思っているの。 あなたのことを理解したいの。でも、荒げた声で話されると、冷静に集中していることが難しいのよ。
ジルは自分の本当の気持ちを話すときは、中立的な話し方をし、攻撃されていると感じる時はその場に居続けるのは難しいと言った。
ケイト:そうね。やっと私が40年以上もの間、あなたの攻撃と非難の的になって、どのように感じていたかがわかったのね!
ジル:私が過去に、あなたの考えや意見に耳を傾けなかったから怒っているのね。
それで、あなたが感じ取ったことは、私からの評価だけだったということね。他にどのように感じたのか教えて。
ケイトは自分が問題としている点と自分の感情を認めてもらえたとわかり穏やかになった。
ケイト:私は愛されてないと感じていたの。私が姉さんからほしかったのは、サポートと認めてもらうことだったのよ。
ママが亡くなってから、姉さんは威圧的で自分は何でも知っているというふうに変わったのよ。
頼みもしないのに、いつも私にアドバイスをくれるようになったのよ。
ジルは静かに頷きながら聞き、時折優しい声で「そう」と相槌を打った。
ジル:大切なことだから、ここでちょっとはっきりとさせておきたいんだけど、あなたにとって具体的にどんな人がサポートになるの?
ケイト:そうね。私がどのように生きるべきか自分のコメントを差し挟まないで、ただ単に聞いてくれる人。
私を変えようとしないで私に寄り添ってくれるような人かな。
ジルは引き続き静かに頷きながら、「わかったわ。」と言った。
ここでジルはケイトがどのようにサポートしてほしかったのか、はっきりと理解した。
ジル(穏やかなまなざしを保ちながら):私があなたをサポートしなかったので、あなたは傷ついてきたということね?
ケイトは自分の感情が認められたことで、態度を少し和らげた。
ケイト:そう。それに、初恋の話や、大学入学のためのアート奨学金をもらった時の話なんかを一緒に共有してくれなくて悲しかったわ。 私に必要だったのは、打ち明け話をできる相手だったのよ。
ジルはケイトの問題、感情、ニーズをはっきり理解した。
ジル(少し妹の方に寄りかかりながら):なんであなたがそんなに怒って傷ついているのかよくわかったわ。
私が姉としてすべきやり方であなたをサポートしなかったからなのね。あなたが私にずっと求めていたことがわかったわ。
そして、あなたがどんなに愛されていないと感じていたのか、それに、ママが亡くなってからの私のあなたへの接し方が、どんなにあなたを不快にさせていたかもわかったわ。
ケイト:やっと私に耳を傾けてくれているように感じられるわ。
ジルは自分の過去の行動の責任を取り、これからは物事は変わっていくだろうとケイトに伝えた。
ジル:私のこれまでのあなたへの接し方に対して謝りたいわ。
あなたを愛してるし、あなたをサポートして、たとえ私が同意できないことであっても、あなたが話したいことには耳を傾けるという約束をしたいわ。
ケイト:どうして私に対して、長い間あんなふうに接してきたの?
ジルは自分にとっての真実を話し、それから自ら前に進む行動について述べた。
ジル:あの状況で他にどのようにしたらいいのかわからなかったの。ママが亡くなった時私は13歳だった。 パパは精神的に混乱してた。誰かが責任を取る立場にならなければならなかったの。 だから私が責任者として、あなたとパパの保護者になったのよ。 自分のコントロール下に置かなければならないというこうしたやり方が、私から人を遠ざけたということは理解しているわ。 私は、私の人生にあなたが存在していないということをとても辛く悲しく思うわ。 でも今日から私は自分の振る舞いを変えるようにして、あなたや他の人たちと通じ合えるようにするわ。
対立からチャンスへの転換
ケイト:姉さんが、私とパパへの心遣いから行動したのはわかったわ。
それがまだ幼い年齢の姉さんにとって、どんなに重い責任だったかということもわかったわ。
ジル、あなたは、私がアーティストになるのを認めてくれなかったけれど、
それでも学校で優秀になるように後押ししてくれたから、私は奨学金が取れたのよ。
あなたの助けなしでは、私は決して今のような成功を収めることはできなかったわ。あなたに感謝したいわ。
ジル:どういたしまして、ケイト。私と付き合ってくれてありがとう。私が望んでいたつながりができたわ。
あなたはこれから私のサポートをあてにしていいのよ。
ケイト:ありがとう、ジル。
もちろん、対立についてのこの説明は非常に単純化されている。
実際の場では、このような深い傷がある場合、解決策はこんなに早くには見つからないことだろう。
ジルはケイトの感情的嵐の中をもっと長く航海しなければならないだろうし、これまでは表現されてこなかった感情を表すことができるように、妹に対してもっと忍耐深くならなければならないだろう。
しかし、このプロセスは、対立がどのようにより深い人間関係に至りつくかを示す良い例である。
このプロセスを通して、ジルは防衛しない、あるいは反撃しないという原則を貫いている。
非難するような言葉を用いず、ケイトが安心して心を開けるような場を作った。ジルの一貫した行為で、ケイトはやがて姉を信頼するようになった。
ステップ5「解決策を見つけ出し、それを越える」と、ステップ6「同意を確認する」はここでは必ずしも必要でなかった。 なぜなら、ここでの問題は、ステップ4「はっきりさせる」の段階で解決されたからである。 また、この本の中でも説明したように、ステップとスキルは、直線的には進まない。 たとえば、もしあなたがステップ3「対立をチャンスに変える」にいたとしても、ステップ1「私から私たちへ」に戻らなければならない場合もあるかもしれない。そして、もし自分が怒りに捉われていると思ったなら、武装解除しなければならない。 ステップの間をあちこち行き来したとしても、プロセス通りにやっていないと思わなくても良いのである。
シナリオ 2
次の例は、ビジネス現場での例である。
あるテクノロジー企業のマーケットシェアが、コンピュータのOSが旧式だったために、近年20%から14%に落ち込んでしまった。
会社は顧客の需要に追いつけず、その結果、競争相手の企業がより多くの仕事を獲得している。
社長はハリーをチームの責任者にし、会社が再び競争に打ち勝てるような新システムを探すよう命じた。
残念なことに、より優れたシステムの調査は、緊縮財政と理事会によって引かれた締切のために挫折しかかっている。
3人からなるチームは数週間にわたり長時間、適切な解決策を見出すために働いてきた。
しかし、彼らはどのシステムを採用するかについて合意できていない。
プレッシャーのために、チーム内で対立が生まれ、激しい口論の末、無能力であるとか、自分の利ばかり追い求めているとか、
リーダーシップが欠如しているなどと互いを責め合った。
エンジニアのクロエは、ディン・スター(訳注:OS名)で行くと言って譲らない。
執行責任者であるパットとチームリーダーのハリーはXTシステムが良いと言う。
特にもめた週が明けた月曜日の朝、チームは会った。
ハリーは、対立を解決するためのステップを学んでいて、ぜひとも違ったアプローチを試してみたいと思っていた。
ハリーが到着した時にはクロエとパットはすでに会議室にいた。
彼は、2人が会話を交わすこともなく、緊張した空気がそこに漂っていることに気づいた。
2人に挨拶した後、ハリーはミーティングを始めた。
ハリー:どう、週末に、誰か良い解決策を思いついたかい?
沈黙。
ハリー:クロエ、この問題について何か考えはある?
クロエ:ハリー、あなたは私の立場をはっきりとわかっているでしょう。
エンジニアとしては、ディン・スターだけが実行可能な解決策だと思っているわ。
私たちの競争相手は、それを使っていて、それだと、新しいソフトが出た時にすぐにアップグレードしてアップデートできるし、
99%の生産性アップが見込めるのよ。
パット(割り込んで来て):クロエ、君は耳が聞こえないのかい? 先週から僕が言い続けていることを聞いていなかったんだね。
ディン・スターは予算をはるか上回っているんだ。
既存のシステムの完全なオーバーホールが必要になるし、それをするのはかなり面倒な作業だ。
それに、全スタッフにこの新しいプログラムを再教育しなくちゃならないだろう。
はっきり言って、これが選択肢なんてことはあり得ないよ。
ハリー:パットが言っていることは本当だ。それは・・・
クロエ(言葉を遮って):こんなに狭量で近視眼的な人たちとは働けないわ。
1、2年もすれば、XTシステムが時代遅れになって、私たちは、今と同じ苦境に立たされることになるのよ。
そしたら、結局ディン・スターを購入するために、同額のお金を費やすことになる。現実を見なきゃ。
パット(怒りながら):クロエ、現実的にならなければならないのは、君の方だ! 最初から君はディン・スターを推していたね。
それは君の履歴を良く見せるためのひとつの方法だろう。
より洗練されたプログラムを使用することで自分のキャリアを高めることができるからね。
XTシステムは予算内に収まり、インストールするのも使用するのも簡単で、95%の生産性アップを生むことができるんだ。
必要とされる生産性はそれで十分なんだ。
クロエ:よくもまあ私が履歴書を良く見せるようとしているなんて言えるわね!パット、
もし社長があなたの義父でなければ、執行責任者になんかなれなかったことでしょうよ。
そして、ハリー、あなたの見事なリーダーシップスキルのおかげで、私たちはこんな混乱に陥ったのよ。
もしあなたが社長に向かって、ディン・スターの価値について話す勇気があったら、彼はきっと予算を挙げてくれていたはずよ。
ハリーは攻撃されたことに対して反応し憤慨したが、ステップ1のツールを使って自分を武装解除することを思い出した。 彼はクロエに対する否定的な考えをいったん棚上げにして、なぜ彼女がディン・スターにそんなに強い思い入れを持つのか、 その深い理由を知りたいと言って、尊敬の念を示した。 彼は心からの関心を持って彼女に歩み寄り、その結果、対立からチャンスへの転換が起こった。
ハリー(開かれた姿勢と柔らかい眼差しで):クロエ、君はディン・スターに強い思い入れがあるようだね。
この分野のエキスパートとして、なぜこのシステムが最適な選択だと思うのかもっと説明してくれないか?
クロエ:ディン・スターは、今のところ最も先進的なオペレーティング・システムなの。
大学院にいた時それを使って作業をしていたからよくわかるのよ。
それに、それを開発したエンジニアを知っているしね。ハードウエアのオーバーホールが必要だからコストは高くなるわ。
でも、これと、来年登場する予定の生産ラインと結合させれば、私たちの分野で誰もが認めるリーダーになれるわ。
ハリー(クロエがなぜ自分の選択にそんなにこだわったのかを認めて):君がそのシステムにそんなに深くかかわっているとは思わなかったよ。
なぜ君がそれを最善の解決策だと思っているのかわかったし、君がそれほどそれに熱心なのかも頷ける。
パット(動揺して):じゃあ、それは素晴らしい代物だというわけなんだね。
でもまだ僕たちは予算のことも考えなきゃならないぜ。それに言っておくけど、締め切りはもうすぐなんだからね。
ハリー(パットの気持ちを認めて):パット、それももっともなことだけど、君はイラついてストレスを感じているようだね。
執行責任者としての君から見て、他に僕たちが知っておくべきことがあるかな? 君の心配事は何でも聞いておきたいんだ。」
パット(落ち着いて):これを言うつもりはなかったんだけど、2人も知っているように、
僕たちの会社は過去2年間の売り上げの落ち込みで、大きな打撃を受けている。
君たちは知らないけど、会社は主要投資家を失い、他の会社も引きかけているんだ。
すぐにも利益を生み出さなければ、他の投資家も引き上げてしまい、会社は倒産してしまうだろう。
ハリー(そのニュースに少し同様して):それは知らなかった。それで君はXTシステムを強く推していたんだね。
パット:そうなんだ。これが最上の策とは思わないし、緊急措置だということもわかっている。
でも、僕たちは苦境に陥っているんだ。会社は利益を出していかないと、すべてを失うことになる。
ディン・スターは稼働するのに少なくとも3カ月はかかる。僕らには、そんな時間はないんだ。
ハリー(少し前かがみになってパットが考えている問題、彼の感情、そして彼のニーズを確かめながら):
会社の将来は君たちの肩にかかっていて、生産性を生み出すためにすぐにも行動に移さなければならないんだ。
さもなければ、我々全員が失業さ。
クロエ:どうしてそのことを、もっと前に言ってくれなかったの?
パット:皆、会社が大丈夫なのか心配になって、どこか他に職を探しだすのではないかと思ったのさ。
ハリー(パットのことを認め、目前の課題に気持ちを注ぐことによって安心感を創り出しながら):
パット、そのことを教えてくれてありがとう。君にとってさぞかし大変なことだったろうね。
少なくとも僕は、この状況に答えを見つけ出して会社を前進させるために頑張るよ。
クロエ:私もよ。ただ、もう少し早くこのことを言ってくれたらと思っただけ。
そしたら、私たちはこんなに悩まなくても済んだのに。
クロエはまだ感情的なっているようだったので、ハリーは彼女がこの対立をめぐる感情から抜け出せるように試みた。
ハリー:クロエ、君は困惑しているようだね。君が何を考えているのか教えてくれないか?
クロエ:さっき、私に向けられた批判に対して、私はまだ怒りが収まっていないの。
ハリー(クロエが問題にしていることとその感情を確かめながら):
君の履歴書を良く見せるというさっきのコメントに傷ついたかい? まだ、君が怒っているのはそのことかい?」
クロエ:そう。子供みたいだけど。
パット(開かれた姿勢で無意識にクロエの方へ体を傾けて):全然そんなことはないよ。
僕の言葉に君が怒っても当然だ。僕は言い過ぎたよ。あんなことを君に言ってしまって、申し訳なかった。
クロエ:ありがとう、パット。感謝するわ。
メンバーたちが互いを理解し思いやりを示し始めたのでグループ内に顕著な変化が起こり始めた。 彼らはまとまったチームとして前進する用意ができた。 グループ内の緊張は消え失せ、自分の立場を頑固に守るというよりも、もっと新しいアイデアにオープンになり何かを一緒に生み出そうとし始めた。
ハリー:ここで新しい提案をしてもいいかな。 ディン・スターとXTシステムのことは少し脇に置いておいて、他の解決策がないか考えてみないか。 締め切りまでに、まだ2,3日あるんだし。もし答えを見つけられなかったら、いつでも、XTシステムに戻れるんだから。 これでどうだね?
全員が解決策を創造することに同意した。
ハリー:ディン・スターとXTシステムに絞る前に見たのは、ほんの数個のシステムだけだったよね。
緊急措置のX Tシステムと大変高価で複雑な組み立てのディン・スターの中間に相当するものが何かあるに違いない。
これから心に浮かんだアイデアを何でもいいから出し合ってブレーンストーミングをやってみよう。
大雑把なものからありきたりなものまで何でもいいんだ。どれもみんな批判してはいけないよ。
いくつか集まったら、アイデアそれぞれを批評してみよう。僕が黒板に書くから。
パット:すべての要素を黒板に書いてくれると助かるよ。何を考えておかなくちゃならないかがわかるからね。
クロエ:それはいい考えね。
ハリー(わかりやすく簡潔に黒板に書きながら):システムは予算以内でなければならない。
5週間以内に稼働しなければならない、最低95%の収益を捻出しなければならない。
皆がすぐそれを使いこなせるように、ユーザー・フレンドリーでなければならない。
アップグレードが可能でなければならない。他に何かあるかな?
他の2人が頭を横に振った。
パット:つい最近出たパワーリンクというのがあるよ。それは、僕たちの予算内に収まるかもしれない。
でも、最新だから、現場ではまだテストされていないんだ。
クロエ:それは問題ね。まだ欠陥がすべて調査済みでないわけでしょ。
ハリー:忘れないで。すべてのアイデアをまだ分析しないことにしよう。創造の流れを止めることになるからね。
クロエ:ディン・スターのエンジニアに連絡を取って、私たちの問題に何か意見や提案があるか聞いてみるわ。
ハリーとパット:それはいいアイデアだ!
パット:僕たちの競争相手で倒産しかかっているイントラスペースのことをちょっと考えてみたんだけど、
確か彼らは古いバージョンのディン・スターを使っていて、彼らのハードウェアは、僕らの物に似ているんだ。
彼らがそれを僕らに売ってくれるなら、インストールするのはとてもたやすいかもしれない。
ハリー:いいね、パット。それを書き留めておこう。
クロエ、ディン・スターのエンジニアに連絡を取るという君のアイデアに戻ろう。
彼はこのテクノロジー分野の最先端にいるようだね。
彼に連絡を取って、コンサルタントとしてここに来てもらって、
僕らにどんなことができるか具体的に教えてくれる気はないか、聞いてもらえないかな?
パット:そういった類いの人は、法外の値段をつけてくるものだ。それは上手くいかないと思うね。
ハリー:待って。これらは単なるアイデアだ。まだ何も決めているわけではないんだ。
もう少しがんばって、もっと創造的なアイデアを出してみよう。その後で、それぞれについて分析できるんだから。
チームは、さらにいくつかの実現可能性のあるアイデアを思いついた。そして最も実行可能性のある解決策は、パワーリンク、またはイントラスペースからディン・スターの古いバージョンを買うこと、もしくはディン・スターのエンジニアにシステムをカスタマイズするように交渉することであると決定した。 チームは、これらの内どれが一番うまくいきそうかを確かめるために、アイデアの実現可能性のチェックを行った。
ハリー(黒板に書きながら):それぞれの解決策がもっとはっきりとわかるように、いくつかの質問を書いてみよう。
もしこの解決策を受け入れるなら、それは僕たちの要求に合致しているだろうか?
もしこの解決策を受け入れるなら、僕たちの要求は満たされるか?
もしこの解決策を受け入れるなら、僕たちの要求は犠牲になるか? パワーリンクから始めてみよう。
クロエ:最も明らかなのは、パワーリンクが新しいブランドで、信頼性に疑問があることよ。
これまで、その能力に苦情がいくつか出ていると聞いているわ。
だから、それが欠陥品だということがわかって、私たちが生産性を失う可能性があるわ。
パット:この段階でそれを採用するのはギャンブルだろう。XTシステムはパワーリンクに比べると良い選択のようにみえるね。
ハリー:よし、わかった。パワーリンクは消すことにしよう。
そして、イントラスペースから古いディン・スターを購入する方向で考えてみよう。
クロエ:この案がうまくいきそうね。
確かに新品の製品よりコストがかからないでしょうけど、古い分、
私たちにとって必要なだけの生産性を生まないのではないかということが、私は気がかりだわ。
それに、この上級システムを操作できるようにスタッフを訓練しなければならないという問題があるわ。
自由に使えるようになるまでに、多分2か月はかかるでしょうね。私たちに、そんな時間があるのかしら?
パット:もしこの解決策を取るなら、時間が問題だ。僕は反対の票を入れざるを得ないね。
ハリー:わかった。もうひとつの選択肢は、エンジニア・コンサルタントにシステムをカスタマイズしてもらうことだね。
クロエ:もうひとつ考えがあるわ。そのエンジニアを雇うのは高くつくし、かと言ってゼロから作り上げるのも確かに高くつくでしょうね。
でも、もし彼がなんとかして古いディン・スターと新しい設備からシステムを作り出せるなら、
私たちの要求のすべてに合致するものが手に入るかもしれないわ。
ここでクロエの案は、ひとつの解決策の上にさらにもうひとつを積み上げることによって、大変創造的なものになった。
ハリー:それは、うまく行くかもしれない。そして僕たちが得るのは、僕たちのすべての要求に合致する合う競争力のあるシステムだ。
グループは合意と結末に向かって進んでいった。
ハリー:これが僕たちの求めるべきものとして同意する?
全員が同意した。
ハリー:じゃあ、この合意について、誰が、何を、いつ、そしてどのようにやるかについて考えてみよう。
これからやることは、誰かがそのエンジニアに電話して、僕らのために進んで、
すぐにシステムをカスタマイズしてくれるかどうか確認することだ。
そして、もう一人がイントラスペースに電話して、彼らの古いディン・スターについて尋ねてみるんだ。
誰がエンジニアに、誰がイントラスペースに連絡する?
クロエ:私がエンジニアに連絡するわ。彼のことを知っているから。
パット:僕はイントラスペースに彼らの設備のことについて聞いてみるよ。
ハリー:これが可能かどうか、いつまでにわかるのかなあ?
パット:今週の木曜日までにはわかるさ。
ハリー:これまで決まったことに皆同意するかい?
全員が同意した。
ハリー(2人のチームメイトの参画を認めながら):2人共、頑張ってくれてありがとう。 これが誰にとっても、どれだけ大変だったかわかっているよ。 僕らはチームとして、強い解決策に行きついたと思うよ。
チームの努力を認めた後、グループは最終ステップ-行動を起こすに移っていった。
この事例は、人間関係のための救急蘇生法の全ステップを取り扱っている。
ここで示されたように、基本的な人間のニーズ(聞いてもらい、尊重され、認められていると感じること)が満たされるまでは、問題は建設的な結論に向かって動き出すことはなかった。
ハリーは、巧みに話を進め、クレアとパットの両者がこれらのニーズを満たすことができるようにした。
身構えず、威嚇や妥協策を使わずに、チームを強化し個々のメンバーを理解しようとする思いを貫くことができたので、チームは誰もが受け入れることのできる同意に達することができたのだ。
誰もが会社の最善の利益のためにと働いたので、妥協ということはまったくあり得なかったのである。