Step 1 「私」から「私たち」へ
あなたの人間関係は安定している? それとも不安定? 人との交流はスムーズで自然なもの? それとも緊張してギクシャクしたもの?
もし後者であるならば、もっとうまく人と付き合う術を学ぶべき時である。
困難に満ちた人間関係を抜け出す最初のステップは、理屈とは真逆に聞こえるかもしれないが、癒しは、「私」について考えるよりも「私たち」について考えることから始まるというものである。
もちろん、誰かに言葉で攻撃された時に反射的に言い返さないのは難しいことである。しかしながら、自己防衛モードでいる時には、人は他者にほとんど関心を払わなくなるものである。
もし激しい言葉の応酬を選んだのならば、それは火に油を注ぎ、ついには花火見物を楽しむということになってしまうだろう。したがって、誰かの敵対者になってはならない。
言葉による心理的な攻撃の武器を収めなさい
私たちはみな、自分の境界域を踏み越えられた時に感じる条件反射的な反応については心覚えがある。
たとえば、(「この間抜け、馬鹿野郎!」と言われるとか)自分を見下していると思われる人に対するとっさの怒りの閃光がそうである。
このような反応は、「闘うか、さもなければ逃げるか」という生存のための原始的な本能からきている。
こうした本能は時に必要であるが、たいていの場合、人は必要以上に反応してしまうものである。その結果恐れや自己防衛意識が働き、人間関係や信頼感が育まれるのを阻害してしまう。
『突破口を開くためのたぐいまれな会話 Extraordinary Conversations for Breakthrough Results』の創始者であるパトリック・オニールは、
対立を解決するプロセスを始める時は、まず自ら武装解除せよと言っている。自分が怒っていると思う時には特に意識して、否定的な考え方や話し方をしないようにしなければならない。
言葉による心理的な攻撃の武器を収めなさい。人を裁いたり、正義を振りかざしたり、仕返ししたり、自分を閉ざしたりといったことを極力しないよう努めなさい。
ガンジーの言葉を借りるならば「あなたは自分を傷つけた人々を罰するためにここにいるのか、それとも、状況をより良くするためにここにいるのか」ということになる。
良い変化を生むために全力を傾けなければならない。変化は、相手が名誉を保てるように相手に対し尊敬の念をもって接するところから始まる。
あなた自身を含め誰であれ、ぶざまな思いをしたり、恥をかかされたりしたいとは思わないものである。
したがって、もしあなたが相手を責め、非難し、相手の面目を丸潰しにするならば、その人は名誉を汚され見下されたと感じ、たいていの場合やり返してくることになるだろう。
人に対する否定的な考えはしばしば、問題解決や人間関係の形成を阻害する。こうした考えは、反動的な行動(独善、決めつけ、非難、悪口、無視、拒絶)を焚き付け、あなたを権力争いや不信感の中に陥れる。
例えば、目下議論中の問題に対して、ただ単に誰かがあなたと異なる見解を示したというだけで、その人を悪者として非難してしまうかもしれない。
その人は本当に悪い人なのか、それとも単にあなたとは異なる考えや価値観をもっているだけなのか?
自分に同意しない人に脅かされたために、安全と信頼の問題が引き起こされているのか?
誰かに脅かされていると認識すると、あなたの防衛意識は高まる。認識は現実とはほとんど無関係なことが多いが、それでもあなたの中にはその人に対する不信感が宿ってしまう。
こうなると、人間関係は停止し、対立を解決する道筋は完全に閉ざされてしまう。
<自分自身を絶対的真実の所有者であると思いこむならば、自分で自分の価値を貶めることになってしまう。 もしそうするならば、私たちは、自分とは考え方が違うすべての人をモンスターか危険人物のように思ってしまうことだろう。 そうすることで、今度は自分が仲間からみてモンスターや危険人物になってしまうのである。-オクタビオ・パズ>
「私」から「私たち」へのシフトは、勇気と信頼を必要とする。なぜならあなたは闘わない人になるからである。
悪意もなく、何かを証明したいという欲求もなく、あなたは対立に率直に取り組む。
これは人間関係を相互の思いやりに向けて前進させるための最初のステップであり、最終的には共通の目標へと向かわせる。
他の人をどう思うかを脇に置くことによって、当面の問題やその人を新しい光のもとで見ることができるようになる。
最終的に、あなたは安心感を生み出し、二人は互いにオープンで誠実でいられるようになることだろう。
人の考えを性急に判断するくせは、過去の経験の結果から生まれ、無意識のうちに蓄積されている。
防衛機制によって、それはあなたの精神の中で絶対的真実とみなされ、あなたが人や出来事にどう反応するかを決定してしまう。
あなたの中にある人を否定する傾向に気付き、以下に挙げたスキルを活用して自身を武装解除することが重要である。
感情が高ぶっている時は、感情に流されやすいものである。このような時は、非理性的になり、いつもの自分とは違うふうに行動してしまうかもしれない。
次にあげるツールは、あなたが感情的にも身体的にも集中力を保ち、明晰に自信をもって行動するのを助けてくれることだろう。
武装解除するためのツール
- お腹を使ってゆっくり呼吸しなさい。強い感情状態は、酸素摂取量を減少させる。 その結果、早まった決定をすることになり、状況をさらに悪化させてしまうこともある。ゆっくりとお腹で呼吸をすれば、酸素摂取量が増加し、もっと穏やかな気持ちになれるだろう。
- あなたの現在の感情(怒り、恐れ、悲しみ、あるいは苦しみ)を認識し、なぜこのような激しい感情を抱いているのか自分に問いかけてみなさい (例えば、「誰からも聞いてもらえないし、まともに受け止めてもらえないので、私は落ち込んでいる」)。 問いかけてみることによって、あなたがとらわれている感情の高ぶりを鎮めることができる。
- 人の感情に巻き込まれないよう気を付けなさい。
- 人間関係を強化することや人を理解することに心を傾けなさい。
- 親指の皮膚に人差し指の爪を押し付けなさい。そのかすかな痛みが、あなたを現在の状態に留まるようにしてくれる。とはいっても、皮膚を傷つけるほど強くは押さないように。
たいていの人は、自分の反射的な行動やそれが引き起こす害に気付いていないものである。
したがって、武装解除する必要があると気づく前に、感情が高ぶっている時に自分が示すサインや症状を認識しておくことは役に立つ。
自分が感情的、精神的、身体的にどのように反応するのかを認識することで、破壊的な反応を回避することができる。感情的、身体的合図が起こったら、それはあなたの内に注意を傾けるべき対立が起きているシグナルとして意識しなさい。
以下は、対立が起こっている時に私たちが示す一般的な反応である。
感情的なサインと症状
怒り:正論を振りかざす、批判する、非難する、攻撃したくなるということは、怒りの様々な表現方法である。私たちはまた、その結果を恐れるために、しばしば怒りを抑圧する。
悲しみ:自分の価値が認められていないと思ったり、誰かにとって自分は重要ではないんだと考える時、悲しくなり気分が重くなる。
それはまた、私たちが誰かとの密接な関係を失ったり、人間関係が途切れたりといったような喪失経験をする時にも現れる。
恐れ:恐れという感情は、希望や生活、あるいは人間関係といった何かを失うおそれがある時に起こってくる。
恐れは、身体的または情緒的苦痛が起こる可能性がある場合に引き起こされる。苦痛をおそれて、ひきこもったり、自分を守るために攻撃的になったりする。
嫉妬:嫉妬は恐れと怒りの組み合わせである。
操作:操作は感情ではないが、誰か、あるいは何かを失う恐れに基づいている。自分が安全であると感じられるように、人あるいは状況を操作しようとすることがきっかけになる。
怒りや恐れは、私たちが操作できないと思った時に生じてくる。
防衛:怒り、悲しみ、恐れの組み合わせであるかもしれず、弱く無力に見えることへの恐れに根ざしている。
身体的・精神的サインと症状
あなたが経験するかもしれないいくつかのサインと症状を以下に挙げる。
- 肩こり、あるいは頭痛
- 浅い呼吸
- 腹部膨満感あるいは締め付ける感覚など、消化機能の問題
- 顔のほてりや緊張、あるいは突然の体温低下
- 歯を食いしばること
- 日常の仕事に集中できず、葛藤していることばかりにとらわれること
- 人についての否定的な考えに固執すること
- 人といる時の否定的なボディランゲージ、たとえば、軽蔑した目つき、うんざりした表情、無関心あるいは不承認を示す表情、腕を組むこと
- 気が重くなること、不安、心配あるいは神経質になること
- ストレスからくる疲労感、あるいは関心の喪失
- 浅い睡眠
- 人を避けること
自分のサインと症状に気付いたら、それらを怒り、悲しみ、傷つきあるいは恐れといった個別の感情に絞り込み、なぜそのように感じるのか問いなさい。
他の人を裁いたり批判することなく、静かに自分に答えてみなさい。
たとえば「私は、話しかけられ方が気にくわなくて怒っている」あるいはそうでなく、「私はあの人のうんざりさせるようなコミュニケーションの仕方に怒っている」といったように。
他の人についてではなく、自分について答えなさい。
自分の感じ方を止めることはできないが、対立に対する反応の仕方を変えることはできる。次のいくつかのステップで変え方を詳細に説明しよう。
<気づきのエクササイズ#1>
困難な、あるいは脅かされる経験をした時、自分を守る手段として生じてくる感情を、頭では否定できる。
しかし、身体は正直に、先に述べたような広範囲の身体感覚の反応を示す。
自分の感情や身体感覚にもっと気づけるように、次のようなエクササイズをやってみなさい:静かな部屋に気を散らさずに楽に座る。最近の困難な出来事を思い出す。
その状況を思い出しながら、身体に生じてくる感覚を感じなさい。筋肉のどこかが固くなっているか?
身体のどこかに落ち着かない感じがあるか?
心はどうか? 他の人を裁いたり、攻撃したり、非難したりしているか? あなたが特に感じている感情は何か:怒り、悲しみ、傷つき、それとも恐れ?
もしあなたが自動運転装置の付いた車で1日中走るような傾向がある人ならば、あなたは自分の身体のサインや症状を簡単に見落としてしまうことだろう。
このエクササイズは、あなたが対立にどのように反応するか、そしてそれがあなたの身体に及ぼす害について気づくようにしてくれる。
武装と危険
以下は、コントロール不能な悪循環に陥っている家族内葛藤のただ中にいる若い夫婦の話である。
それは、正しくあるべきという考えを優先する前に、自身を武装解除して人間関係を構築するという責任を取らなければ、どういうことが起きるのかを示してくれる。
新婚夫婦の双方の両親が、親しくなるために夕食を共にした。話題が、あの9月11日の夕方後の世界の出来事やテロリズムに移るまでは、皆うまくやっていた。
新婦の両親であるアンとボブが、彼らの年に1度の海外での休暇を最近の世界の混乱のためにキャンセルすると話しだすと、対立が静かに始まった。
アメリカ政府はテロリストに対してもっと攻撃的な立場を取って、自国の領土で彼らと戦うべきだというところまで話が発展したからだ。
新郎の両親であるマーガレットとネーサンは、それには同意せず、暴力はさらなる暴力を煽り立て、もっと多くのテロリストを作り出すだろうと言いだした。
アンとボブが、それこそがアメリカを弱体化し、世界に対して見せかけの大国にしてしまった自由主義的な態度であると反論し、怒りを燃え上がらせた。
どちらの側も自分の立場を守るために、自らの主張を証明する事実を浴びせかける口論を続けた。
緊張が高まるにつれて、国に対する忠誠心や互いの見解の健全さについて辛辣な意見が飛び交った。
夕食はマーガレットとネーサンがレストランを飛び出すことで、出し抜けに終わってしまった。
その出来事に怒り冷めやらぬまま、マーガレットとネーサンは翌日、息子に電話し、昨日の出来事について不満を言い、
自分たちがアンとボブの意見に同意しなかった時に息子はその問題を故意に悪化させたと主張した。
息子は、自分が妻の両親と意見の違いがあった時に同じような衝突を経験したことがあったので、頭に来てしまった。
彼はその出来事を妻に伝えたが、彼女は明らかに動揺し、自分は義理の両親によく思われていないのではないかと当惑し怖くなってしまった。
妻は彼女の両親であるアンとボブに向かって、彼らがいつも他者に自分たちの意見を押し付け、人々を遠ざけていることを責めた。
彼女の両親は、娘の意見に反論し、いつも相手側の意見の方を選び、彼らに反対する機会を探していると娘を責め、言い争いが爆発してしまった。
怒りに任せて両親は、彼女は甘やかされて感謝の念を持たない娘であると言い、彼女を妹と比較し、「あなたはよく私たちを軽蔑するけど、ベスは愛情を示してくれる。」と言った。
さらに「もしあなたが、そんなに私たちの事を恥かしいと思うのなら、あなたは私たちの家族じゃない方がいいわね!」とまで付け加えた。
数週間が過ぎて、娘は罪悪感を抱きながら、怒りの爆発以来連絡が来ていない彼女の両親に電話した。
彼女はいくつかのメッセージを残したが、両親は彼女を無視した。娘は家族に罰せられ拒否されているように感じるにつれて、鬱になっていった。
彼女の夫は、「心配しないで。うまくいくよ」と、ただありきたりの言葉をかけるだけであった。
彼の空虚な言葉は慰めとは感じられず、彼は助けるために何もしてくれず、その両親は破壊的であるということで、彼に対する怒りを感じるようになってきてしまった。
対立を開始したのは相手の両親だと、互いの両親をめぐって、夫婦の間に論争が起きた。
まもなくその夫婦は互いにコミュニケーションを取らなくなってしまった。
それぞれの人が自身を武装解除しなければ、非難、裁き、批判の連鎖反応が始まる。独善的な行動に続き、怒りが駆り立てられ、大きな痛みと苦悩を引き起こす。
対立の始まりの時点では何の関係もなかった若い夫婦が大混乱に引きずり込まれたように、(自身を武装解除しなければ)二次的な損害を引き起こす。
もし誰か一人が気づき、勇気をもって自分の破壊的で反射的な行動を武装解除し、正しくあるべきという無駄な必要性にとらわれないようになれば、
これまで述べられてきたことの多くは防ぐことができただろう。その人は次のように言うことができただろう。
「私たちが異なる見解を持っていることは明らかです。
でも、同意はしないとしても、私はあなたの意見を尊重します。義理の関係である私たちの間に、こうした違いが起こらないといいとは思いますが。」
このテーマに関しては、さらに後節のステップの中で説明することにしよう。
「私から私たちへ」の要点
このステップでは、対立をエスカレートさせないための方法と、お互いを理解する過程を始められるよう、自分の感情を安定させる方法の概要を述べた。
- 他の人を気遣わず自分を守ろうとする必要性から発せられる否定的な声に気付きなさい。
- 感情に駆り立てられた時のあなたのサインと症状を知りなさい
- 他の人を攻撃する、批判する、裁く、非難するあるいは避けることをしないことで、あなたの言語的武器を収めなさい。
- 他の人々が体面を保てるようにしなさい。恥をかかせたり、面目をつぶしたり、罰したりしてはならない。
対立の解決はあなたから開始しなさい。自分の感情が暴走する瞬間に気付いたら、次に自分に集中するために必要な行動をとりなさい。 前より穏やかな状態に達したら、人間関係を先に進めるための準備ができたということである。 しかし、まずステップ2のコアトレーニングで7つの人間関係修正の技術を学ぶことにしよう。