Step 5 解決策を見つけ出し、その先へ
もし問題があなたの予想以上に複雑なら、ステップ4では解決できない。そこで次のステージは両者に納得のいく解決策を見つけることである。
感情、ニーズ、問題点がはっきりすれば、問題解決に向かって動き出すことになる。人は問題を早く解決したがり最もわかりやすい解決策に飛びつくことが多い。
しかし、長続きする成果を得るには、適切な解決策を見つけるための忍耐力と想像力が必要となる。
ロバート・フリッツが言うところの構造的緊張を保つ必要がある。
フリッツは、緊張(この場合、対立がどのようにして緊張となるのかは不明だが)は、問題解決を促すと考えている。
ウイン・ウインの成果を目指してゴールを宣言するという行為をすることによって、あなたは問題解決に向けて歩みだすことになる。
しかし、緊張構造を保つには解決を急がないことが肝心である。
緊張はあなたを居心地のいい場所から引きずり出し、あなたが持っているいつものレパートリの中にある解決策よりさらに創造的なものを見つけ出させる。
すぐ行動を起こして物事を片付けてしまうやり方は、最良の結果を生み出されるのを阻むことになる。
緊張を保ちながら、答えを出すのを急いだり、急かせたりしないことが大事である。
問題解決に時間をかければかけるほど創造的になれるし、創造的になれば、長期的成功の可能性がより高くなるからである。
両者のどちらかがこのプロセスの最中に腹を立てるようなことがあれば、人間関係を強固なものにし相手を理解するためにこれを行っているのだということを思い出しなさい。
また、ステップ1から3で述べたように、思いやりの心を持って、相手やあなた自身を武装解除することを思い出しなさい。
対立を解決するまでに、これら前述のステップを何回か繰り返す必要があるかもしれない。
このやり方は、ゴールに向けてまっすぐに走りぬく徒競争ではなく、パートナーの動きに常に合わせようとするダンスに似ているかもしれない。
解決策を創造する
創造性の流れを阻むいくつかの要素がある。忍耐不足、解決策の可能性を評価したり批判すること、そして、ひとつの解決策に固執してしまうことなどである。
強引に解決しようとしたり、忍耐できなくなるということは、私たちが期待に縛られているためである。
私たちは問題がお決まりのやり方で解決され、特定の成果を生むことを願う。
どのように解決されるべきという考えを持つ結果として、自分が描いた方向にプロセスをコントロールしてしまうことがある。
こうした操作は相手の力をそぎ、これまで行ってきた良い成果のすべてを台無しにしてしまう。
したがって問題解決の際には、相手を自分と同等のパートナーとして受け入れることが大切である。
相手の解決策の可能性を批判したり、ひとつの解決策に固執したりすることは、より良いアイデアを得るチャンスを奪うことになる。
これは自分が考えた解決策を過小評価するというのではない。
そうではなくて、最初ははっきりとわからないような選択肢であっても検討してみようと互いを励まし、新しいアイデアに心を開くことである。
諺にあるように「あなたは問題の味方なのか? それとも解決の味方なのか?」ということである。
自分のエゴにこだわってプロセスを妨害するのか、それとも、両者にとって最大の利益のために努力するのかということである。
並んで座って、解決策の創造を始めなさい。そして一緒にブレーンストーミングをして、途中で分析したりせずにできるだけ多くの選択肢を出してみなさい。
「ばかげた」ものからありふれたものまで、すべてを黒板や大きな紙に書き出してみなさい。
良さそうでなくても実際的でなくても、どの解決策も批判しないことが肝心である。批判は創造的プロセスを抑え込むからである。
それらは最終的解決策ではなく、ただの選択肢なのだ。ある程度の数の解決策が出たら、それらをさらに発展させるために好奇心をもって次のような質問をしてみなさい。
たとえば、「このアイデアをどのように展開したら、我々双方のニーズを満たすことができるだろうか?」
次のようなゴールに到達するために努力しなさい。
- 両者のニーズに基づいて選択肢を組み立てなさい。アイデアによっては、片方に有利なものもあるかもしれない。両者のニーズと気がかりを念頭に置いて、どの解決策がより公平となるか見てみなさい。
- リストアップしたアイデアをさらに発展させなさい。アイデアを批判するより、両者の利益になるには、それをどのように修正すればよいかを考えなさい。
- 相手の視点から見て異なる解決策を打ち出しなさい。あなたの思いやりで創造性への扉を開きなさい。相手にも同様の事をするように頼みなさい。
- 物とか時間とかお金とか愛情など、これまで出し惜しみしてきたもので、今では人に気前よくあげたいと思っているものがあるかどうか、自分に尋ねてみなさい。
もし、両者が行き詰ってしまい、解決策を見出せなくなったら、休憩をとるか別に会う時を設定して、新たな解決策を持ち寄るようにしなさい。
もめごとを起こさないようにするために妥協するのはやめなさい。譲歩して自分のニーズを諦めたと感じ、結局新しい対立が生まれてしまうことになる。
これによって、あなたの側に、後悔、苛立ち、怒りが生まれる。両者の利益となる解決策を探し続けるために最善を尽くしなさい。
もしそれがフラストレーションを引き起こしても、諦めないようにしなさい。
創造的になることや自分の視野を広げることに挑んでみることに慣れていなければ、このプロセスはとてもつらいものになるかもしれない。
しかし時間をかけて練習することによって、自分にあるとは思っていなかったスキルを身に着けることができることだろう。
日常の生活の中でもいつも、創造的で月並みでないちょっと違った問題解決法を見つけるように練習しなさい。
「もしこうしたらどうなるだろう?」と自分に問えば問うほど、あなたの好奇心はより刺激され、課題に対するさまざまな回答を導き出すことができるようになることだろう。
より多くの創造的な解決策を見つけられれば、成功のチャンスはその分大きくなることだろう。
実現可能性のチェック
解決策のリストに目を通し、どの選択肢が使えそうか調べ始めなさい。合意できる部分はどこか探しなさい。
疑問がある場合は、次のような質問をして検討しなさい。「この解決策は、どうすれば納得できるものになるだろう?」とか、あるいは「どのように修正すればこれを受け入れられるだろう?」といった具合である。
実現可能性のある解決策が見つかったら、それはあなただけでなく相手の要求にも応えられるものであるかを考えなさい。
ここは、問題解決に当たり、あなたが進んでやりたいことと、やりたくないことを述べておく機会でもある。
たとえば、「夜は家で2時間働きたいんです。子供がいるので、午後6時過ぎたら、会社では働けないんです」といった具合にである
あなたのニーズのアセスメント―次の質問に対して答えることで、解決策があなたのニーズに合致するものかどうかがわかる。
- その解決策を受け入れたら、私のニーズは満たされるか?
- その解決策を受け入れたら、私のニーズを犠牲にすることになるのか?
- その解決策を受け入れたら、すべての人のニーズが満たされるか?
解決策がどれくらいあなたのニーズを満たすものかを調べれば、どの解決策が使えて、どの解決策が使えないものなのかがよりはっきりとする。
行き詰まったなら、相互に納得のいく解決策が見つからない場合には、どれが相手にとって最良の策なのかを尋ねなさい。
次に最悪の策はどれかを尋ねなさい。これらの質問に答えることで、相手は、解決策を探し続けるよう動機付けられることだろう。
ひとたび両者が解決策に同意すれば、ステップ6「同意を確認する」に移ることになる。
解決策を越えて
このセクションの最初で述べた解決策を創造するスキルは重要であるが、解決策を探すための他の方法もある。
つまり、解決策をまったく探さず、代わりに一緒に何かを生み出すことである。これは特に、絆を維持し改善し深めることが関係性にとって必要不可欠な時に役に立つ。
問題に焦点を当て、問題を除去するための修復案を探すよりも、むしろ、両者が一緒に創造することにエネルギーを注ぎ込む方がはるかに利益になる。
これは、私たちの「修理/解決」志向文化においては、過激な案である。
しかし、ロバート・フィッツが説くように、解決策にエネルギーを割くより、自分たちが本当に望むことを生みだす方が、長期的にはより大きな成功のチャンスが生まれるのである。
なぜなら、たとえ問題を繕うことができたとしても、自分たちが望んでいることが手に入らないという別の問題が起こってくるからである。
苛立ちや欠如の感覚がやがて私たちを対立に引き戻すことだろう。
たとえば、どちらがより広いオフィスを所有するかで対立状態に陥った2人のビジネス・パートナーは、フロアーをリフォームして、2人がともに満足できるスペースを確保することによって妥協するかもしれない。
これで問題は解決したように見えるが、2人はともに自分が本当に望んでいたビジネスの成功を得られていないので、新しい対立が起こる可能性がある。
しかし、もし彼らが創造したいビジョンの共有ということに焦点を合わせるのなら、顧客に素晴らしい会計業務を提供し、
セールスからの収入増で、どちらが広いスペースを取るかというような小さいことで争わなくてもよくなり、もっと広い場所に移ることができるようになるかもしれない。
より大きなゴールを目指して、より壮大な将来像を念頭に置いて協力することで、パートナーたちは元の問題から抜け出し、はるかに重要なものを創造することになる。
問題解決が効果的でないもうひとつの理由は、解決策というのは問題を解決するための手段であって、当然、問題の深刻度は緩和されるかもしれないが、
同時に、問題に対処し続けるという意欲もそがれてしまうということである。
問題に対処しようという努力が減ってくると問題は残ってしまい、努力が完全にストップした時には、問題がエスカレートしてしまう。
これは、自分は変わる、これから行いを改めると言う男性に似ている。
彼は数週間は行動を変えるかもしれないが、彼の伴侶との対立が治まったと感じると、再び古い習慣に戻って同じ対立に火をつけてしまう。
良き意志を持っていたとしても失敗してしまうのは、共通のゴールをもたないためである。 それが真の解決策の実現を阻むのである。
ひとたび両者が互いへの思いやりを感じ取ったなら、相手がごく親しい友人であろうと、知人であろうと、あるいは仕事関係者であろうと、2人の間で共有できるビジョンを創造するのはよりたやすくなる。
元々の問題を超えたレベルに到達し、以前ほど大変だとは思われなくなる。
対立がそれほど深くないか共通のゴールが必要ない場合は、先に書いたような解決策の創造が問題を解決するのに役立つ。
しかし、もし問題が複雑あるいは長期にわたる場合には、ただ単に解決策を生み出したとしても、両者が互いの共通のビジョンに向かって努力しなければ満足感は得られない。
良き意志があってもうまくいかないのは、共通のゴールの欠如が原因で、それが真の解決策の実現を阻んでしまうのである。
私たちの二大政党、民主党と共和党は、それぞれ全く違う目標を掲げ、配慮しなければならない特定利益団体を持っており、そのため、事実上の国民の代表になり得ていない。
分裂の状態は国民を不満状態に置き去りにし、政治家たちは自分たちが必要とすることに奉仕するのみである。
しかし、もし政治家がすべての人とその安寧のために仕えるという共通のビジョンを持つなら、どのようなことが達成できるかちょっと想像してみよう。
共通の土台に立てば、彼らは互いの力を認め、それぞれの強みを活用することができるだろう。
すなわち、民主党の社会正義、共和党の財政責任を国民に利益を与えるやり方で活用することができるであろう。
そうではなくて、私たちの国は、2001年9月11日の出来事の後とか、戦争勃発のような国家的悲劇が起きた時にのみ「団結」するように見える。
ツインタワーの崩落後しばらくは、人々人は互いに前よりやさしく親切になったように見えたが、人々の善意はすぐに消えてしまった。
希望や感動を呼び起こす創造的な集まりではなく、悲劇が起きて初めて、怒りや恐怖、復讐心を掻き立てるためのイベントに集まるのは、悲しいことである。
負の状況を通して集まることは、人々を結び付けないし望んでいる物に近づけさせない。
なぜなら、恐怖や怒りによって外的状況に反応しているのであって、よりよい物を創造するための内面からの表現ではないからである。
力は選択の中に横たわっている。思いやりに動機づけられている人は人間関係をよいものとし、それを充実させようとする傾向がある。
自分の意思に反している場合でも、負担や重荷に感じないで行う。しかし、腹立たしげにやるか、逆らうか、あるいは全くしないという選択肢もある。
人は、努力に足る重要な目標であると信じる時は、大抵ゴールに向かうための選択をする。
より大きな将来像を選択することによって、ゴールに到達する過程の小さな選択をすることはいともたやすくなる。
ダイエットや禁煙プログラムはほとんどの場合失敗する。なぜなら、人は健康になるためというより大きなゴールを選択しないからだ。
彼らの動機は、深刻な病気を発症することへの恐怖感から生じたもので、これ以外選択肢はないと信じ、そうしなければならないと思い込んでいる。
恐怖や健康を壊したくないという理由からではなく、元気で生き生きとしたいという理由で健康を選択する時は、チョコレートサンデーとリンゴのどちらを選択するかで悩んだりはしない。
自分が本当に望んでいることがわかっているので、何を選択するかははっきりしており、したがってそのような誘惑に負けないのである。
共有するビジョンを生み出すための団結
ステップ3「対立をチャンスに変える」で、個人のレベルでの両者のニーズが見つかり互いに伝えられた。 問題解決を越えてさらに進むには、結束し、人間関係の上に立って物事を進め、両者が共通のレベルで共に創造したいものは何かを問うてみることが必要である。
1.最終目標のために両者が何を望むのかを問うてみなさい
ほとんどの人が自分の人生で望まないものが何なのかは簡単に言えるが、心の奥深くで何を望んでいるかを言うのは難しい。
自分が何を望んでいるかを知らないで、あるいは否定的な考えにとりつかれたままで、人は望まないものを創造し続けるというサイクルを続ける。
なぜなら、人にとって唯一それがはっきりと表現できるものだからである。その結果、人は絶えず苛ついているか、次から次へともめごとを引き起こす。
自分と相手にこのような現在の対立がなければ最終的なゴールは何だったのかと問うてみなさい。
2人が成しえる、他の誰がなし得るよりも大きなゴールがあるだろうか?
問題を解決しようとしたり、苦境から逃げ出そうとしたりするのではなく、皆のためにあなたがたが創造したいことのみに焦点を当てなさい。
そのゴールが実現可能で現実的かどうかを気にせず大きな心で考えてみなさい。
もうひとつのやり方は、たとえ対立状態ではなかったとしても、あなたが現在係わっていること(仕事、人間関係、家族、健康)に関して、あなたは何を創造したいのか、あるいは人生に何を望むかを考えることである。
自分が何を創り上げたいのかがわかるように、あなたのゴールをできるだけ詳細に描いてみなさい。
自分が望むものが具体的にわからなければ、多すぎる選択肢の中に取り残されることになる。
的を絞ることができなければ、どこへ行ったらよいかわからず彷徨うことになり、やがては道に迷ってしまう。
このような焦点の欠如は貧弱な選択を生み、良くってせいぜい可もなく不可もない結果しか生まれず、後に対立を招くことになる。
あなたがはっきりとしたビジョンを描ければ、あなたが望む成果を生み出す行動にエネルギーを集中できるようになる。
通常は、試行錯誤を経て自分が本当に望むことが何なのかが明らかになってくる。
このプロセスを通して自分の行動に光が当たるので、自分が望まないものが何であるかわかるようになるのである。
その間にも、できるだけ明快でありなさい。
両者がそれぞれ本当に望むことが何であるか見極められた時、あなた方のビジョンが同様のものであるかどうかみてみなさい。
もし、どこかに違いがあれば、両者が調整できる共通項があるか問うてみなさい。
もし、2人のゴールが全く違っていれば、なぜ、そのビジョンがあなたにとって重要なのかを説明し、相手にもその人のゴールを評価する理由を尋ねなさい。
これは、相手をあなたの考えに向けさせようとする議論ではない。
しかし、対話を通して2人ともよりはっきりと自分の望むものに気づき、共有するビジョンにたどり着けるかもしれないのである。
ここに両者を共通のゴールに導く2つの例がある。
仕事の場面においては、雇用者と被雇用者双方にとっての共有ビジョンは最高の生産ラインやビジネスモデルを生み出すことであるかもしれない。
これは具体的にはどういうことなのだろうか? 会社は他の追随を許さない革新的な高品質の商品を生産する。
顧客のニーズに応え、顧客からのフィードバックを受けることで、顧客からの信頼や愛顧を勝ち得る。
会社はまた、従業員に対し、突出した利益や高額のサラリー、多くのボーナスと、従業員にとって低ストレスで、高い満足を生み出す健康的な環境を提供する。
人間関係においては、ビジョンを共有することとは、おそらく、互いに信頼、尊敬、強い関心、そして愛情を抱くことによって、各自ができるだけ最善の人間になるよう互いをサポートすることである。
これは、具体的にはどういうことなのだろうか? 誠実、献身、批判や非難からの保護、弱さの受容、ユーモア、自発性、互いの成果の承認、失敗の許容、相手の動機を理解したいと望むこと、
個々が自分の限界を越えて成長するためのサポート、各自が自分がやると言ったことを貫徹すること、健全な注目などであろう。
人間関係においては、共有するビジョンや一緒に創造したいものに関するはっきりとした考えもなく、2人が一緒になることがよくある。
その関係は、ほとんどの場合、相性や何らかのつながりに基づいており、やがてそれが消えて行くと、カップルは強い絆もないまま取り残されてしまう。
そのうちのひとりか2人ともが、最初の頃の惹きつけられるような思いを取り戻すために新しい人を探し始める。
ビジョンの共有は、人々を結び付け共に成長することを可能にするのである。
2.その状況は現実にはどうだったのか?
ビジョンの共有に向かって進む人間関係を妨げるものは何か? あなたは人間関係を妨げるようなことをしただろうか?
相手はどうだったのか、問うてみなさい。両者ともに正直であらねばならない。過去に対立を引き起こした行動について説明し責任を取りなさい。
もしあなたが正直でなければ、あるいは現実に基づいていなければ、同じ過ちが繰り返され、対立が再び起きることになるだろう。
過去の行動の中には、あなたの真実を表現していないものもあるかもしれない。人を避けたり人に妥協したりしたのかもしれない。
あるいは怒りによって受け身的または攻撃的になったのかもしれない。
たとえば、人が言っていることに耳を傾けなかったり、忍耐がなく人に対して苛立ったり、仕事最優先で人付き合いの場面では人に無関心であったり、
非難や責任を人に押し付けたり、完璧主義者で問題をコントロールしようとしたりしたかもしれない。
対立を引き起こすもっと多くの事例については、付録Aを参照しなさい。
自分が望んでいることをなすために、人はもがく。なぜなら、まず、自分が何を望んでいるのかがはっきりとしていないからである。
次に、現実に根差していないからである。現実は苦痛を強いるもので受け入れられないと人は思っている。
そうでなければ、失敗のように思い、言い訳をしたり現実を合理化したり避けたりして、対立の中で自分が果たした役割を否定しようとする。
多くの人が幻想のうちに住む方を選択し、問題はないとか、責任は相手にあると言って自分を納得させようとする。
しかし常に同じ結果が生み出されることによって、真実ははっきりとなる。
先に述べた共有するビジョンを持たないカップルの例では、現実はこうであった。
つまり、男性は独身の時には、自分の相手は美人で、良い教育を受け、感じの良い人であってほしいということ以外、自分が彼女に何を望んでいるのかさっぱりわからなかったのである。
さらにもっと深いところでは、自分の寂しさと低い自己評価を和らげてもらうために女性の注意を引き付け女性からの承認を得たいと思っていたというのが、現実だったのである。
妻は、最初は彼の夢を満たし、彼に自信という幻想を与えた。
2人の間の親和性と思いやりが薄れたら、結婚は彼の自信と共に崩壊した。彼は再び、孤独、空虚、苛立ち、怒りと苦しみの中に取り残された。
彼は真実に目を向けるのが恐ろしかったので、結婚の破綻を妻のせいにするか、いつか妻が自分のところに戻ってくるだろうという間違った希望を抱いた。
やがて、彼はあてどもなく他の恋愛関係の中を彷徨うことになる。
現実はそんなに甘くなかったが、彼はそれに蓋をして、自分が本当に望むことを築き上げるというしっかりとした基盤もなしに取り残されてしまった。
勇気ある人にとっては、現実は前進するための目覚まし時計の働きをしてくれる。
そうでない人には、現実を認識することは「誰も助けてくれる人がいないんだ。やってもどんな意味があるというんだ」というような、周りのせいにする言い訳となる。
うまくいかないばかりが現実ではない。人間関係でうまくいっていることに気づくことも重要である。
もし、2人がここまでやってこれたのなら、お互い正直に隠し立てせずコミュニケーションをとり、思いやりと仲間意識という本物の感情がそこにはあることを認めなさい。
こうすることが錨の役割を果たし、結束が形作られつつあるという証拠を提供することになる。
過去の行動に対して責任をとるなら、どこでそれらが直接的あるいは間接的に、対立につながったのかを思い出しなさい。
自分の行動の結果どのように感じたのか? 悲しみ、怒り、苛立ち、落ち込み、寂しさ、孤立、空虚、あるいは身体の痛みを感じたのだろうか?
これらの痛みを伴う感情を繰り返したいと思うのか?
もしそうでないのなら、これらの感情を無視することなく、自分がとる行動がこれらの不快な感情を引き起こし、あなたが望んでいるものからあなたを遠ざけているということを認識し受け入れなさい。
鍵となるのは、自分の行動の破壊的な影響を深く感じて、それらを単に意識するとか忘れないようにするというのではなく、これらの感情を自分自身のものとして受け入れることである。
これで、あなたは構造的緊張を生み出した。つまり、自分が望むものと自身が現在持っているものとの間にある差異のことである。
あなたは自分が到達したいゴールと、苦痛を伴う現在の情緒状態と関連した再び起きて欲しくない状況がわかっている。
自分が望むものが手に入らないことによって起きた緊張が、あなたにエネルギーを供給し、自分のビジョンに向かって突き動かすのである。
人間関係を構築できず、共有するビジョンを表明できないという自分の行動パターンに気づいたなら、それらが起きた時には自分の問題点を意識し、共有するビジョンの方向に向かって進むことができるように、細心の注意を払いなさい。
もし、あなたが自分の現実に対して正直に向き合えないのなら、あなたのかねてからの問題が繰り返し起こり、対立を生み出し、あなたの前進を阻むことだろう。
なによりも、相手の欠点を指摘してはならない。あなたは人の問題を取り締まるためにいるのではないのだから。
取り組まなければならない自分の問題に集中しなさい。あなたが自分を解放することによって、あなたと対立している人たちが自らの欠点をさらけ出しやすくなるかもしれない。
大きな視野で見てみれば、彼らの行動に反応することによってあなたの力を手放してしまう以外は、彼らの問題はあなたの問題と何ら関係がないのである。
相手の行動によって自分のバランスを崩さずに、威厳を持って対応できる時、あなたは自分の中で抜本的な転換が起こったことがわかることだろう。
あなたを怒らせ、失望させ、傷つけ、苛つかせる人は、あなたがどこで自分の力を失いやすいかということを教えてくれる貴重な人材である。
そして、彼らは、あなたが誠実な態度をもって、声を上げて自分のために立ち上がれるようあなたを力づけてくれる。
3.望む結果に向かって進むのを支援する行為をしなさい
2人の共通のゴールを思い描く時、各自がどのようにしてそれを成し遂げるために貢献しようとしているのか問うてみなさい。
支援する行為は、このステップの最初に述べた解決策に似ているかもしれない。
しかし、それを実行に移すための理由は、今では異なっている。
あなたが率先して行う行為は、対立を克服する必要性からではなくて、ビジョン創造したいという願いから生み出されている。
ここで興味深いのは、自分が本当に望むものが何なのかよくわかった時には、解決策のためのブレーンストーミングをする必要はないということである。
なぜなら、答えはおのずから出てくるからだ。
他の追随を許さない会社を創造する事例では、雇用者は従業員のために人間工学的に心地よい職場環境を作ることで、支援する行為を実行できる。
もしくは、どのように会社をさらに良くしたらよいか従業員から意見を求め、彼らの提案に真剣に耳を傾けること、
従業員に対し尊敬の念を持って接すること、賃金水準を上げるとともに福利厚生を強化すること、企画開発の取締役から会計課の職員に至るまで、
各自の努力を支持、評価し、この会社のために働くことが誇りと思えるようにすることなどがある。
従業員も同様に、彼らの優れた特殊技能と求められている以上の仕事にチャレンジすることによって、支援する行為に貢献する。
または、彼らの専門分野の拡大や専門分野における研究の推進を意味するかもしれない。
彼らはまた、他の会社の給料の方が少し高くても今の会社を辞めないことによって、会社に忠誠心を示すことができる。
4.あなたがした選択はあなたを幸せにしているだろうか?
ほとんどの人の選択を動機付けるのは、自分が何を強く望んでいるかではなく、それでどのように感じるか、またはそうしたらどのように感じるかということへの期待である。
典型的な例は次のようなものである。「もし○○円のお金をもうけたら、私は幸せになり、そうしたら好きなことをしよう」とか、あるいは「自分の望むものを追求するのは恐い。
失敗するかもしれないから。だから、安全策を取ってリスクを冒したくない」とか、
あるいは、「ひどい毎日を送っている。ストレスを和らげる飲み物が必要だ」とか、あるいは、「人のために時間とエネルギーを割くと、自分は必要とされていると感じられ、いい気分になれる」とか、
あるいは、「成功したら尊敬されるし素晴らしい気分になれる」とか言ったものである。
これらの例では、人は外的環境に支配され、楽しみ、安堵感、安心感、注目や苦痛の回避をもたらすと信じるものに基づいて行動を選択している。
実際、これらがほとんどの人の行動の背後にある原動力になっており、常習的、強迫的行為につながりうる。
焦点となるのは、安心や安全の確保、不快な状況からの回避である。
ここには、人に対する心からの気遣いや関心が入り込む余地がない。したがって、その他の人は彼の芝居の中の単なる脇役に過ぎないから、対立が起きる。
これらの例は、ギヴアンドテイクをベースとしている。そこでは、各人が何かを持っていなければならない。
「もしこうすれば、あれが手に入る」という具合である。人のために何かを行い、支援し、自分を越えて大きなものを創造しようという願いはそこにはない。
この自己中心的なアプローチを選べば、不安定な状況と感情的苦痛が続き、喜びと満足感を究極的にもたらすことになるものを生み出せないという空しさがあることは言うまでもない。
より良きことのために何かを創り出そうとするとき、たとえあなたがどのように感じようとも、あなたのゴールは利己心に優先するのである。
あなたの行動はビジョンのためにある。ビジョンを創造するプロセスを始めつつ、ゴールにより近づく道か、あるいはゴールから遠のく道のどちらかを選択をしなければならない。
船が嵐の中で遠く離れた灯台の光に向かって突き進むように、あなたのビジョンから常に目を離さないでいなさい。
もし困難なことが起きてゴールから離れることがあったら、「私が取っている行動、あるいは私が言っていることは、私を共有するビジョンの方に近づけているだろうか」と自らに問いなさい。
この質問に答えることは、より偉大な青写真に向かう元のコースに舵を戻す助けになることだろう。
もし、支援する行為が望んでいた結果を生まないなら、それをどのように改良できるか、あるいは他の行為のために捨ててしまうか、判断しなさい。
それから新しいことを実施してみて、その結果を評価しなさい。
もし、それがあなたを共有するビジョンに近づけないのなら、必要な変更をしなさい。
これは試行錯誤の期間であって、常に軌道修正が行われる。何も起きそうにないと思える時期もあるかもしれない。
これは、あなたがゴールを見失っていない限り普通のことである。
何かを起こそうとすることや、成果をコントロールすることや、非効果的な行動を改善しないことは、きっと、あなたをコースから外れさせる。最悪の場合は、あなたがゴールするのを妨害する。
チャンスは困難の真只中にある。
- アルバート・アインシュタイン
あなたの現在の状態と共有するビジョンの間にある緊張は、両者が近づくにつれて和らいでいく。
共有するビジョンが現実と合致する時、あなたはゴールに到着したということであり、それがあなたの新しい現実になるのである。
恐れによって、ゴールから逸れてしまう時もあるだろう。
例えば、伴侶から逃れたいという誘惑にかられて、支援的で信頼し合った関係から外れてしまうなどである。
そこで「私が取ろうとしている行動は、ビジョンに沿っているだろうか?」という重要な質問を自問できるなら、そして、ビジョンを確かに望んでいるのなら、ためらうことなく道を外さないという方を選ぶだろう。
それでも、もし、道を外してしまったなら、あなたにとっての現実は、信頼関係に本当は関心がないということである。
あるいは、自分は信頼関係には不適格で、その値打ちがないと思い込むような根深い恐れから行動しているのかもしれない。
人間の行動というものは本心をさらけ出してしまうものである。言葉というものは安易なものであり、行動を伴わなければ本質的には意味のないものである。
もしあなたが自分の真実を見たいと望むなら、自分の行動とそれが生み出す結果を観察しなさい。
「解決策を見つけ出し、その先へ」の要点
もし問題が単純なものであれば、公正で公平な解決策さえ見つかればよいのかもしれない。 しかし対立が個人に関わるもので、あなたの関係を強固なものにする必要ある場合は、共有するビジョンの発見が2人を固く結び付ける。
- 解決策を探しているときは忍耐しなさい。一番安易なものや、最も都合が良い解決策に逆戻りしてはいけない。
- チームとしてできるだけ多くの選択肢について意見を出し合いなさい。評価や批判をしてはいけない。両者の要求に合う選択肢を見つけなさい。
- アイデアを次々と積み上げなさい。
- どの選択肢が両者に適しているかをみるために、各選択肢の良い点と悪い点を検討しなさい。
- 両者がともに同意できる解決策を選びなさい。
- 対立を越えた共有するビジョンを見つけ出しなさい。
- あなたにとっての目下の現実を認めなさい。
- あなたが創造したいものと、まだ達成していないものを知ることによって、構造的緊張を生み出しなさい。
- 自分をゴールに向かわせる支援する行為を行いなさい。
一旦、あなたと相手が解決策や共通のゴールに同意したなら、あなたはステップ6「同意を確認する」に移る準備ができている。